スペクトラムに量子的

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臨床心理学について書くブログ

絵画が表現するものとは

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こんにちは。

今回は前回に引き続き中井久夫著作集第3巻についての覚書。

中井先生は病跡学の対象としてウィトゲンシュタインを扱っておられます。
*参考(病跡学):Pathography

また、著作集第3巻には書評も数点収められており、”『境界線の美学』(岩井寛著、造形社)”という本について書かれています。その中でウィトゲンシュタインの絵画への言及が引用されていました。

絵画は、言語よりもはるかに大きく多義性を許し、また言語と異なり非要素的であって、構成要素が互いに”交換可能”ではない。さらに言語と違って否定を表現することができない(ウィトゲンシュタイン)。

「机の上にリンゴが一つある」とは描けるが「机の上にあるリンゴは一つではない」とは描けないのである(エジプトでは、両手を挙げている人間を描き添えて否定を表した。このような、約束にもとづく否定記号なしに否定の絵は不可能である)。

多義的で、個々が独自であり、しかも否定が排除されているところに絵画がもつ呪縛性が存するのであろう。とくにいわゆる精神病理的絵画の場合、その迫力は言語の比ではない。言語に比して了解可能性の限界線もいっそう曖昧で恣意的なものでしかない。(p354)

ウィトゲンシュタインは分析的哲学、言語哲学の研究者であり、言語について深く考えた人でした。いわば言語のスペシャリストなわけです。その彼が述べた言語と絵画の違いはまさに慧眼ではないでしょうか。

そして臨床心理学見習いの立場として注目したのは、「言語と違って否定を表現することができない」という点です。なぜそこに惹かれたかというと、中井先生が「風景構成法」という絵画療法を創案されたからです。
*参考:風景構成法の実施法

芸術療法・絵画療法というジャンルは、言語を介さずに無意識の表出を捉えられるという特徴がありますが、もう少し深い意義を持っているのではないかと考えていたところ、今回のエントリで取り上げた絵画の特徴がキーの一つであると理解が深まりました。

否定を表現できないことはそれ自体ポジティブであるということであり未来志向であるということなのだと解釈しました。

また、言葉で気持ち考えを吐露できないのは、時系列な事象の把握能力に問題がある場合が考えられます。絵画には時間軸がなく、描かれたイメージはキャンバス上において”同時に存在”するため、表現のハードルを低める方に作用するのではないでしょうか。

なぜ絵画療法が有用なのかという点が個人的に腑に落ちたもので、備忘録的に書き留めた次第です。

教科書から学ぶことは大事だけれども、腹落ちするにはもうひとつ別な手がかりが必要なのだなとも。

 

今回はここまでに。