スペクトラムに量子的

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臨床心理学について書くブログ

「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」を読む(2)

こんにちは。 引き続き、「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」(ピアーズ・スティール著、池村千秋訳)について書きます。

 

前回のエントリーで、ヒトは本能(システム1=辺縁系)と理性(システム2=前頭前野)の相互作用を通じて意思決定をしていること、そして、辺縁系は進化上、前頭前野よりも時代が古く、大抵の場合は前頭前野よりも強く働くため、脳機能上先延ばしが起きてしまうということに触れました。

「では、どうしたら解決できるんだ?」という問いが即座に思い浮かびますが、その前に、先延ばしによって我々が失うものについて整理しておきましょう。問題点は抽象的よりも具体的であった方が対策は立てやすいはずなので。まずは我々が現実世界で被る損失を明確にしておこうという寸法です。

先延ばしの起こりやすい領域

著者は、人生における12の主要な領域でどの程度先延ばしが起こるかを調査しています。そしてそれらを先延ばしが起こりやすい順に並べ直すと、以下のようになります。

健康、キャリア、教育、コミュニティ、ロマンス、お金、自己、友達、家族、レジャー、精神生活、子育て

一覧するとキャリア、教育領域で先延ばしが目立ちます。これらの領域は現在というよりは未来のための投資であるという側面があり、先延ばし度の高さと関係しているように思われます。おそらく「将来のために○○をする」という動機付下では、「理性(システム2=前頭前野)」が効きづらいのでしょう。

健康についても、今現在とくに問題がなければ健康診断を受けようとするモチベーションは得られにくいのだと思います。つまり、われわれは「まだ起きていない好ましくない事態」に対して、「理性を携えつつチェックを怠らないようにする」ということが苦手なのでしょう。

それに比べ、レジャーや子育て領域では先延ばし度が低いという結果が出ています。なるほど、子育てにおいては先延ばしが即座に子どもの生命の危機に直結するからだろうという推測ができそうだし、それなりに説得力がありそうです。

また、レジャーについては非常にシンプルで、楽しむことが目的とされているものですから、「本能(システム1=辺縁系)」との相性が良いと推測されます。これらの領域では具体的に今現在が問われているため、先延ばしが起こりにくいと言えるでしょう。

お金にまつわる先延ばし

先延ばしの起こりやすい領域について概観してきましたが、ここではもう少し具体的な例を考えてみたいと思います。たとえば本書では「貯金のできないアメリカ人」とか「支払いの滞ったクレジットカード利用者」などの例が挙げられています。

しかも、先延ばし人間はえてして、クレジットカードの返済が自転車操業状態に陥る。未払いの残高を毎月積み残し続けるのである。アメリカの世帯ではその金額が一万ドルを上回る場合が多い。

なお、アメリカのクレジット会社は、利用者が何らかの支払いを滞らせれば、一方的に金利を引き上げられる。ほとんどの先延ばし人間はこの落とし穴にはまり、最も高い金利を適用されている。

というわけで、先延ばし人間はクレジットカード会社に高額の利息を支払い、その売上に貢献させられているようです。

 

また、別の事例としてシカゴ大学ビジネススクールの学生を対象にしたある実験を挙げてみましょう。内容は以下のようなものです。

  • あるゲームをやってもらい、最大300ドルの賞金を与える
  • 賞金の受け取り方は、「その場での小切手」か「2週間後に割増金額の小切手」の2通り

結果は、2/3の学生がその場で小切手を受け取り、さらに換金までには平均して4週間を要したとのことです。ビジネススクールの学生であっても、その場での報酬を選択し、さらには換金することを先延ばしにするということが明らかになりました。

その他の事例としては、遺言を残さなかったことにより、きちんと相続がなされず、国家が財を没収するなどの損失(当事者遺族にとって)がかなりの額に及ぶことも指摘されています。

 

今回はここまでに。