スペクトラムに量子的

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臨床心理学について書くブログ

不毛な地毛証明

こんにちは。今回は↓の記事読んで不毛な気持ちになってしまったので思うところメモしておこうと思います。

 m.huffpost.com

twitterで検索してみたら昔からこの類のことはあるみたいですね。私は中学時代は校則で坊主だったし、高校では髪の毛いじらなかったので良く知らなかったです。染めてる子もいたけれど、注意はされるがそんなに厳しく追及されたりはしてなかったような気がします。20数年前の話ですが。

しかしこの四半世紀間で学校は進歩していたとばかり思っていたけれど、進歩の方向をすっかり間違えてしまったようですね。地毛の学生に誤って指導しないようにという歪な正確性を追求してしまったわけですから。この正確性の追求は学校の体面を保つための積極的な守備という意味を持ちますしね。

にしても地毛が何色かを管理するなんてものすごくコストのかかる不毛な作業ですよね。こうした作業の積み重ねが教員のブラック労働化を促進しているのだと思います。やめてしまえば教員も生徒もストレスは随分軽減されるのにと思いますが、まじめさゆえに「やらない」という選択肢が思い浮かばないのかもしれません。

さて、頭髪検査において生徒に求められる態度は「地毛をいじらないこと」なのでしょう。しかしながら、昨今の保守化の流れを踏まえれば「黒髪・ストレート」を模範解答に想定している学校もあるのではないかと推測します。そうすると地毛が黒髪ではない生徒が忖度して黒髪に染めるということも十分にあり得ます。

身体的な差別と紙一重にあることを学校サイドは理解しているのでしょうか。おそらく個人的にはそう考えている教師は多いと思います。というかそう信じたいところです。そしてもうひとつ問題なのは、管理する者も管理される者も「おかしいな」と感じながらなんとなくシステム/ルールに従うという態度です。

はっきり言って地毛証明書なるシステム/ルールは、まったく不毛です。しかしいくら不毛であっても従ううちにシステム/ルールは内面化します。教師サイドは信じていないシステム/ルールの執行者として仕事のプライドを奪われ、生徒はそれに従うことが社会なのであると学びます。

学ぶべきことは他にたくさんあるはずなのですが。。。

今回はここまでに。