スペクトラムに量子的

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臨床心理学について書くブログ

「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」を読む(1)

こんにちは。 今回は、「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」(ピアーズ・スティール著、池村千秋訳)について書きます。

 

はじめに

当ブログ主は仕事柄、大学生の相談を受けることが多いのですが、レポートや発表などの締め切りを伴う課題を先延ばしにしてしまう学生をよく見かけます。中には「敢えてやらない」人もいますが、そのほとんどは「やらねばと思っているのにできない」のです。

当ブログ主にも先伸ばし癖はあり、ブログの更新が昨年9月から滞っていることがその証左となるでしょうか。週に1度の更新を目標にしても、すぐに「月に1度でいいや」となり、それがだらだらと…

そうした当事者意識から本書を手に取った次第ですが、先延ばしのメカニズムが理解できたからといって、簡単にその問題が解決されるわけではないでしょう。とはいえ、何をどういじれば変化がおきるのかという推測の手がかりにはなりそうです。

そういうわけで、今回からは本書についての覚え書きをいくつかのエントリーに分けてアップしていきたいと思います。

 

脳の構造ゆえのサボり

傷の治りが悪くなると分かっていても、カサブタを剥がしてしまう。誰しもが一度はやったこと、あるのではないでしょうか。あるいはダイエット中にもかかわらずケーキに手を伸ばしたことは? 

上記の例のようなときには、脳内で2つのシステムがせめぎ合っているらしい、と本書では説明されています。そしてその2つのシステムとは以下のようなものです。

 

システム1:脳内の「辺縁系」が活性化している状態。辺縁系は欲望と恐怖、報酬と覚醒にかかわる本能を司る部位で、迅速な決断力を担います。

システム2:脳内の「前頭前野」が活性化している状態。前頭前野は計画性が生まれる場所といわれ、目標を長期的にとどめておく機能があります。この部位が活発化すれば、結果的に忍耐強くなると言われます。つまり理性を司るのが前頭前野です。

 

我々はこうした本能(システム1=辺縁系)と理性(システム2=前頭前野)の相互作用を通じて意思決定をしているわけですが、それゆえに先延ばしが起こるようです。というのも、辺縁系は進化上、前頭前野よりも時代が古く、大抵の場合は、前頭前野よりも強く働くからです。

また、こうも言えるでしょう。前頭前野のはたらきが妨げられるほど、先延ばしが深刻化しやすい、と。マクロにものを見たり、計画が立てられないわけですから、遠くの目標は意識されにくくなります。必然的に忍耐力は弱まり、目の前のものに飛びつきやすくなるのです。

これは極めて脳機能的な現象だと言えるでしょう。たとえば、抑制的な性格の人が前頭前野に傷を負った結果、忍耐ができない欲望に忠実な性格へと変貌することが知られています。また、子供が誘惑に負けやすいのは、成長段階にあり、前頭前野が発達しきっていないからという説明がつきます。

さらに、チンパンジーや鳥なども先延ばしをする、と本書にはあります。とくにエサの獲得に関して計画性を持つ動物は先延ばしをすることが確認されているようです。というわけで、辺縁系(システム1)と前頭前野(システム2)を持つのであれば、脳機能の帰結として、動物一般に「先延ばし(サボり)」がビルトインされていると考えられるのではないでしょうか。

先延ばしの起源

脳の構造上先延ばしが起きるのではあれば、それはもはやしょうがないことで、対処などできないから、そのままでよいだろうと、随分我々に甘い論理が展開されてきましたが、もう少し擁護的な考察を付け加えます。

生物の進化という視点で考えてみましょう。進化とはダーウィン的に考えれば、適者生存の歴史です。それは言い換えれば、事後対応の歴史でもあります。つまり、生物は未来を予測することなく、辺縁系(システム1)を活性化させることにより、その場の対応で進化してきたのです。

また、文明社会的に見れば、先延ばしの起源は9000年くらい前に農業が始まったことに遡るのではないかと、本書は主張しています。

人類がはじめて人為的に設けた「締め切り」は、春に種をまき、秋に作物を刈り取ることだった。

 四千年前の古代エジプト人は、遅延を意味するヒエログリフ(神聖文字)を少なくとも八種類も用いており、とくにそのなかの一つは怠慢や忘却による遅延、つまり先延ばしをあらわすものだった

そして、ひとまずはこのように結論付けるのです。

先延ばし癖があることは、私たちの落ち度ではない。しかし、先延ばしに対処しないわけにはいかない。

先延ばしは、生物学上あるいは進化上しょうがないのかもしれませんが、現代社会でのそれは、かなりのマイナス影響を自身に与えます。つまり対処が必要になってくるわけです。というわけで、次回は先延ばしによって我々が失うものについてのエントリーを。

今回はここまでに。

「ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか」を読む(2)